北区とベレーザ

6月24日、北区の十条駅前にある十条銀座商店街で、日テレ・東京ヴェルディベレーザの2024-25シーズンWEリーグ優勝パレードが、そして商店街すぐそばのジェイトモールでは2025-26シーズンに向けた激励会が実施されました。

このようなイベントは過去に例がありませんでした。WEリーグ発足4シーズン目にして悲願の初優勝を遂げたことで、ホームスタジアムが位置する北区が主催する形で、このイベントが実現したのです。

平日の夕方17時半開始という日程から、和やかなイベントになるかと思われましたが、蓋を開けてみれば運営側の予想を上回るほどの大盛況。パレードは歩く隙間もないほどの人で埋め尽くされ、続く激励会も会場に入りきれないほどの来場者で賑わいました。

パレードの様子

注目すべきは本イベントへの参加層。平日にイベントをしますと言われてもどうにか仕事に片を付けてどこへでも参加するような熱心なファンだけではなく、特にパレードについてはいつもその時間に十条銀座商店街を利用しているであろう方々などにもフラッグが配布され、多くの人に囲まれながら優勝トロフィーをお披露目するイベントとなりました。

筆者である私も現地に駆けつけて趣味である写真撮影をしていたところ、イベント開始前の盛り上がりに興味を持った通行人の方に声をかけられることがありました。恐らくスタッフと勘違いされたものかと思われますが、「北区のチームが優勝したの?」といった質問をいただいたので「そうですよ」といったことをお伝えしたところベレーザというチームに興味を持ってもらえたご様子でした。

北区にお住まいの方々にとって、このイベントが、目と鼻の先にある素晴らしいサッカースタジアム「味の素フィールド西が丘」へ足を運ぶきっかけとなり、日本トップクラスの選手たちが集う強豪・ベレーザを知る機会になれば、これほど嬉しいことはありません。

さて、ここからはベレーザと北区の関係性についてのタイムラインを少し振り返ってみたいと思います。

ベレーザにとって北区は本拠地の構えるホームタウンでもあり、ファン感謝祭や地域清掃イベントを実施するだけでなく、北区民デーなどを実施して区民の方を無料で招待するような企画を積極的に行なっている深い関係性でもあります。

この関係が始まる大きな転機は、WEリーグの開幕でした。リーグ参加の重要な条件の一つに「ホームスタジアムの確保」が掲げられたのです。それまで特定のホームを持たずに戦ってきたベレーザにとって、これは大きな変化でした。安定した本拠地を見つけ、地域と深く関わっていく必要が出てきたのです。

そこでベレーザが新たな本拠地として選んだのが、北区にある「味の素フィールド西が丘」でした。

味の素フィールド西が丘

数あるスタジアムの中から、なぜ「味の素フィールド西が丘」が選ばれたのでしょうか。クラブの常田社長室ディレクターは、他の候補もあった中で、同スタジアムが「サッカー専用スタジアム」であったことが「決定打」になったと語っています。

陸上トラックなどがないサッカー専用スタジアムは、ピッチと観客席の距離が非常に近いのが最大の魅力です。選手たちの声やボールを蹴る音、息づかいまで聞こえてくるほどの臨場感は、多目的競技場では味わえません。ベレーザの代名詞である、細かく美しいパスを繋ぐサッカースタイルを間近で堪能できるこの環境は、ファン体験を最大化し、チームの魅力を伝える上で最高の舞台だったのです。

このスタジアム決定を機に、チームは北区に深く根を下ろすことになります。そしてWEリーグ開幕に先立つ令和2年度(2020年度)、北区と東京ヴェルディ、そしてベレーザは「スポーツの推進及び連携に関する協定」を締結。これにより、北区は正式にベレーザのホームタウンの一つとなり、両者の公式なパートナーシップがスタートしました。

ここで一つ興味深い点があります。実はベレーザのホームタウンは北区だけではありません。公式に、板橋区、足立区、稲城市、日野市、多摩市、立川市もホームタウンとしています。

特に板橋区との関係は古く、北区との協定より前の平成27年(2015年)には既に連携協定が結ばれていました。これは、クラブが特定の地域だけでなく、広域でファンとの繋がりを大切にしてきた歴史の証です。

この「複数ホームタウン制」は、歴史あるファンベースを維持しながら、WEリーグの規定を満たすための恒久的な本拠地として北区に活動の軸足を置く、という非常に戦略的なモデルなのです。他の地域でも清掃活動などは行われていますが、ホームゲームの全試合開催や優勝パレードなど、チームのアイデンティティを象徴する活動は、ここ北区に集中しています。

ベレーザが北区を選んだ理由は、スタジアムだけではありませんでした。北区が長年にわたり推進してきた「トップアスリートのまち・北区」という、まちづくりの壮大なビジョンが、クラブにとって強力な魅力となったのです。

常田氏も、北区がスポーツを通じた活性化に積極的である点を提携理由の一つに挙げ、「より近しい関係性が築けると思った」と語っています。

北区が「トップアスリートのまち」を掲げられるのには、確固たる理由があります。区内には、日本のエリート選手育成の拠点である味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)と国立スポーツ科学センター(JISS)が立地しているのです。まさに、日本のスポーツ界の心臓部と言える場所です。

北区はこの資産を最大限に活かし、まちのアイデンティティとして昇華させてきました。

  • ROUTE2020 トレセン通り: JR赤羽駅・十条駅とNTCを結ぶ約3kmの通りをこう命名し、トップスポーツとの繋がりを日常の風景にしました。
  • アスリート手形モニュメント: 稲付西山公園には、北区ゆかりのアスリート26名の手形がはめ込まれた、高さ6.16m(設置当時の棒高跳び世界記録!)のモニュメントがそびえ立ちます。

この構想の真骨頂は、その支援の幅広さにあります。ベレーザとの連携は、この大きな枠組みの一部に過ぎません。

  • 多様なスポーツ大使: ベレーザが団体として就任する前から、競泳、陸上、フェンシング、卓球、体操など、様々な競技のオリンピアンやパラリンピアンが個人として大使を務めています。
  • 「北区ゆかりのアスリート」事業: 卓球の平野美宇選手や張本智和選手(JOCエリートアカデミー出身)など、より広範なアスリートを応援・紹介しています。
  • 「トップアスリート直伝教室」: ラグビー(リコーブラックラムズ東京)やバスケットボール(サンロッカーズ渋谷)など、サッカー以外のトップチームを講師に招き、子ども向けの教室を定期的に開催しています。
  • 国内外との連携: 日本オリンピック委員会(JOC)とのパートナー都市協定や、ハンガリーの柔道・フェンシングチームとの国際交流も行っています。

このように、北区にはスポーツ全般を核とした重層的な地域振興戦略がすでに確立されていました。WEリーグ発足がベレーザにとってホームタウンを探す「プッシュ要因(押し出す力)」だったとすれば、北区が培ってきたこの土壌は、チームを引き寄せる強力な「プル要因(引き寄せる力)」として機能したのです。

協定は単なるお飾りではありません。両者の関係は、地域社会に深く根差した具体的な活動となって結実しています。

2022年8月、ベレーザは団体として史上初となる「北区スポーツ大使」に就任しました。それまでオリンピアンなど個人にのみ与えられてきたこの栄誉は、ベレーザが単なるプロチームではなく、名実ともに「トップアスリートのまち・北区」を代表する「顔」になったことを示す象徴的な出来事でした。

地域と共に歩む多彩な活動

  • 身近なプロチームへ: 赤羽スポーツの森公園競技場などで練習を公開し、区民がトップレベルのプレーに無料で触れる機会を提供しています。
  • 社会貢献: 地域の清掃活動はもちろん、地元の消防署と連携した防災啓発や、税務署と協力した確定申告の広報活動など、その活動はスポーツの枠を遥かに越えています。
  • 次世代の育成: ホームゲームに区内の小中学生を大規模に招待したり、選手が学校を訪問してサッカー教室の講師を務めたりと、未来のファンやアスリートの育成にも力を入れています。
  • 地域との一体感: 定期的に開催される「北区民観戦デー」では、区内在住・在勤・在学者が優待価格で観戦できます。試合前には山田加奈子北区長によるキックインセレモニーが行われるなど、区を挙げたイベントとなっています。

さらに驚くべきは、ふるさと納税制度である「北区応援サポーター寄附制度」の返礼品として、寄附者が選手と集合写真を撮影できる権利を提供していることです。これは、ベレーザという魅力的な資産を、区の財源確保という行政目的のために戦略的に活用する、非常に洗練された共生関係を示しています。

日テレ・ベレーザと北区の関係は、現代におけるスポーツと行政の理想的なパートナーシップモデルと言えるでしょう。

  • ベレーザにとっての利益: 最高のサッカー専用スタジアムという安定した活動基盤と、地域に根差した熱心なファンを獲得した。
  • 北区にとっての利益: 「トップアスリートのまち」というブランドに、年間を通じて活動するスター軍団という具体的で魅力的な「顔」を与え、地域活性化の強力なエンジンを手に入れた。

冒頭で紹介した優勝パレードの熱気は、このパートナーシップが机上の空論ではなく、地域住民の心に確かに届き、誇りとなっていることの何よりの証明です。

女子スポーツのプロ化という時代の要請と、先見の明ある自治体の長期戦略が出会うことで生まれたこの関係性。これからも、スポーツの力で地域を豊かにする、日本の新たな指標として長い関係を続けていけるといいですね。

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